• 042-491-1411

    東京都清瀬市のホスピス 緩和ケア・療養病棟

  • お問い合わせ

    文字サイズ

    • 小
    • 中
    • 大

お薬を使用して
身体の痛みを緩和することだけが
緩和医療ではないと学びました。

看護師インタビュー

緩和ケア認定看護師

大石恵子

ホスピスの看護師を志望した理由を教えて下さい。

最初は、大学病院の救急の内科病棟で勤めていました。当時は具合が悪くなってから救急にかかる方の中に、がんの終末期まで進んでいた方もいっぱいいらっしゃいました。だいぶ病状が悪く苦しいままで、症状コントロールがうまくできませんでした。
その頃、ホスピスが日本でも出来始めたころで、「ホスピスに行くと、苦しみが緩和されるらしい」という話を聞きました。どうやって苦痛がとれる医療やケアができるのだろうか、その事について学びたいと思った事がきっかけになりました。

この職場で働いてから自身で成長したなと思うことはありますか?

勤めて初めの頃は、患者さんのケアにあたる中で、どうにもならないことへの辛さを感じていました。また、患者さんの痛みを緩和できるといっても痛みがゼロになるわけではなく、「結局は何も出来ない」という無力さを感じていました。
家庭の事情もあり一度この職場を離れましたが、再度ここへ戻った今では、患者さんと向き合えるようになりました。 患者さんの病気に対して「何も出来ない」かもしれませんが、それでもそこに「居ることは出来る」と思えるようになりました。どんな事があっても動じなくなり、色々な事の受け止め方が変わりました。

看護師として心がけていることはありますか?

患者さんの身体の状態や状況にあわせて、生活を支える事が看護師の仕事だと思っています。その方にとって生活しやすいように、ありとあらゆる工夫をするように心がけています。

スキルアップで心がけていることや取り組んでいることを教えてください。

毎年、院外の学会や研究会に参加しています。
また、一例一例困ったことなどをスタッフと共に患者さんと向き合い、日々の勉強を積み重ねています。日々の患者さんが先生なのです。

院内の研修として現在、ELNEC-J(End-of-Life Nursing Education Consortium - Japan)を取り入れていますが、どのような目的を持ってこの研修を実施していますか?

ELNEC-J(End-of-Life Nursing Education Consortium - Japan)は、エンドオブライフケア(病や老いなどにより、人が人生を終える時に必要とされるケア)を提供する看護師のための包括的な教育プログラムです。実際に緩和ケア病棟で働いている看護師向けではなく、一般看護師に浸透させるためのプログラムです。まずは院内での研修を行い、今後は近隣の施設にも声をかけていきたいと思っています。地域施設との連携を持ち、情報交換の場としても提供出来たらと思います。
たくさんの方が受講する機会を持つために、今後も繰り返し行っていきたいです。

どのような職場の環境づくりを心がけていますか?

職員それぞれ違った感性を持ち、職員が持っている得意なものや良いものを活かすために、みんなが意見を出せるように心がけています。
よく富士山に例えられますが、東から登った人と西から登った人では山の見え方が全く違うように、お花一つとっても普通の人にはただの綺麗なお花でも植物の専門家だったらまた違ったように見える。患者さんも一人の人から見たそれだけが正しいかどうかはわかりません。より多くの職員の目で一人の患者さんを理解し、その方に合ったケアを提供するように心がけています。

印象に残っている患者さんとのエピソードを教えてください。

私がこのホスピスにきてはじめて、担当をした患者さんです。入院してきたときには大変な呼吸困難の状態でした。苦しんでいる患者さんを少しでも緩和できるお薬を使用することを医療従事者の立場からお勧めをしました。しかし、奥様は「いや、彼はね、すごく強い人なんだ」「薬なんかに頼らなくても耐えられる人なんだ」と仰いました。私の正直な気持ちは、なぜ奥様は患者さんが今ある痛みを緩和することを選択しないのだろうかと思いました。しかし、最後のときが迫っている中、奥様は患者さんに、「頑張ったね。格好良かった!」と仰いました。患者さんは凄くにっこりと笑い、オッケーサインを出したのです。
その笑顔を見て、私の考え方にはっとさせられました。
お薬を使用して身体の痛みを緩和することだけが緩和医療ではないと学びました。本当にその人がお薬を使わないで頑張りたい思いがあり、その思いを通すことが心の緩和になったのではないかと思います。

救世軍清瀬病院を職場に選んだ理由を教えて下さい。

最初に来た二十代の時は、全国にホスピスが十箇所しかなく、一番近くがここでした。子供の頃救世軍の日曜学校(子供のための礼拝)に行っていました。救世軍を知っていたことも理由の一つです。

最後に患者さんにメッセージをお願いします。

第二の我が家、ご自分のお部屋だと思ってくつろいで頂きたいと思います。私たちが出来る限りのケアを提供させて頂きます。